前回は、「相続で争いが起こる原因は財産の額ではなく、家族の感情やコミュニケーション不足にある」というお話をしました。
【あいりす相続らじお第29回】なぜ相続は揉めるのか①|財産が少なくても安心できない──相続トラブルの本当の原因とは
「我が家には大きな財産がないから、相続で揉めることはない。」
ご相談の際、このようなお話を伺うことがあります。
しかし、司法書士として数多くの相続手続きに携わってきた経験から申し上げると、相続トラブルは財産の金額だけで決まるものではありません。
預貯金と自宅だけというごく一般的なご家庭でも、兄弟姉妹の関係が悪化し、話し合いが長期化することがあります。
その背景には、財産の問題だけでは説明できない「家族の感情」や「長年積み重ねてきた人間関係」が存在しています。
今回から始まる連載では、「なぜ相続は揉めてしまうのか」というテーマを、実際の相談現場で感じてきたことも交えながら解説します。
第1回では、多くの相続トラブルに共通して見られる特徴について考えていきます。
目次
- 相続トラブルは資産家だけの問題ではない
- 揉めやすい家族には共通する特徴がある
- 財産ではなく「感情」が争いを大きくする
- 「平等」と「納得」は同じではない
- 生前の会話不足が相続を難しくする
- 相続対策の本当の目的とは
- まとめ
1 相続トラブルは資産家だけの問題ではない

テレビやニュースでは、莫大な遺産を巡る争いが取り上げられることが多いため、「相続でもめるのはお金持ちの話」と考えている方は少なくありません。
しかし、現実はそうではありません。
自宅と少しの預貯金しかないご家庭でも、相続人同士の意見が対立し、話し合いがまとまらなくなるケースは数多くあります。
では、なぜなのでしょうか。
理由の一つは、相続が単なる財産分配ではなく、家族の歴史や関係性を映し出す出来事だからです。
「親は兄ばかり頼っていた。」
「介護は私がほとんど担当した。」
「遠方に住んでいたから関われなかった。」
このような過去の出来事が、相続という場面で一気に表面化することがあります。
つまり、問題になるのは財産そのものではなく、「これまで家族としてどう関わってきたか」という積み重ねなのです。
2 揉めやすい家族には共通する特徴がある

相続相談を重ねる中で感じるのは、トラブルになるご家庭には似た傾向があるということです。
その代表的な特徴が、「家族で将来について話し合う機会がほとんどなかった」という点です。
親は、
「まだ元気だから大丈夫。」
と思っています。
一方で子どもは、
「相続の話を切り出すのは失礼ではないか。」
と遠慮してしまいます。
こうして誰も話題にしないまま年月が過ぎ、いざ相続が始まったときに初めて、
- 財産はどれくらいあるのか
- 不動産を誰が引き継ぐのか
- 親はどのような思いを持っていたのか
を確認することになります。
当然、それぞれが自分なりの解釈を持ち寄るため、認識の違いが生まれます。
そして、その違いが疑念となり、不信感となり、やがて対立へと発展してしまうのです。
3 財産ではなく「感情」が争いを大きくする

相続の話し合いでは、表面上は「不動産をどう分けるか」「預貯金をどう配分するか」といった財産の話が中心になります。
しかし、実際にお話を伺っていると、その奥には別の問題が隠れていることが少なくありません。
例えば、
「親の介護は私が何年も続けてきた。」
「兄はほとんど実家へ帰ってこなかった。」
「妹だけが生前から援助を受けていた。」
このような言葉が出てくるケースは珍しくありません。
つまり、相続財産そのものに不満があるというよりも、「これまでの人生で感じてきた不公平感」が相続をきっかけに表面化しているのです。
法律では法定相続分という基準があります。
しかし、人の気持ちまで法律で整理できるわけではありません。
長年積み重ねてきた感情は、相続開始とともに一気に噴き出すことがあります。
だからこそ、相続問題は法律だけでは解決できない側面を持っています。
司法書士として感じるのは、相続は「財産を分ける手続き」であると同時に、「家族の関係性が試される場面」でもあるということです。
4 「平等」と「納得」は同じではない

相続では、「全員が同じ割合で受け取れば公平」と考えられることがあります。
もちろん、それが円満な解決につながる場合もあります。
しかし、すべての家庭で同じとは限りません。
例えば、一人の子どもが長年親の介護を担い、通院や生活の支援まで続けてきたとします。
一方で、別の兄弟姉妹は遠方で生活し、ほとんど介護に関わっていなかったとします。
このような状況で、財産を機械的に等分した場合、介護を続けてきた人は「本当にこれで公平なのだろうか」と感じるかもしれません。
逆に、介護への貢献を考慮して特定の相続人に多く財産を残せば、今度は他の相続人が不満を抱く可能性があります。
このように、「平等」と「納得」は必ずしも一致しません。
相続で重要なのは、数字だけをそろえることではなく、なぜそのような分け方を望むのかという親の意思を、生前に家族へ伝えておくことです。
理由が分かるだけで、受け止め方が大きく変わることも少なくありません。
5 生前の会話不足が相続を難しくする

多くの相続トラブルを見てきて感じることがあります。
それは、「相続が原因で揉めた」のではなく、「以前からあった問題が相続によって表面化した」というケースが非常に多いということです。
家族だからこそ、踏み込みにくい話があります。
お金のこと。
介護のこと。
自宅をどうするかということ。
そして、自分が亡くなった後のこと。
「まだ早い。」
「その時になって考えればいい。」
そう思っているうちに時間が過ぎ、何も決まらないまま相続を迎えてしまうご家庭は少なくありません。
しかし、元気なうちに家族で話し合っていれば、防げたかもしれないトラブルも数多くあります。
相続対策とは、遺言書や家族信託などの制度を利用することだけではありません。
家族が同じ方向を向いて将来について話し合う時間を持つことも、大切な相続対策の一つなのです。
6 相続対策の本当の目的とは

「相続対策」と聞くと、多くの方は節税や遺言書、不動産対策などを思い浮かべます。
もちろん、それらは重要な準備です。
しかし、本来の目的は、それだけではありません。
本当に守りたいのは、家族の関係です。
せっかく築き上げた家族の絆が、相続をきっかけに壊れてしまっては、どれだけ財産を残しても意味がありません。
だからこそ私は、相続対策を「未来設計」と考えています。
財産をどのように承継するかだけではなく、
「家族がこれからも良い関係を続けられるか」
という視点で準備を進めることが大切だと考えています。
制度を活用することは、その目的を実現するための手段であり、目的そのものではありません。
7 まとめ

相続トラブルの原因は、財産の多さだけではありません。
むしろ、
- 家族間で十分な話し合いができていないこと
- 長年積み重なった感情のすれ違い
- 「公平」の受け止め方の違い
- 親の意思が家族に伝わっていないこと
こうした要素が重なり合うことで、争いへと発展するケースが少なくありません。
相続は、亡くなった後に始まるものではなく、家族が元気なうちから準備を始めることで、その未来は大きく変わります。
「財産を残すこと」と同じくらい、「家族の信頼関係を残すこと」を大切にしていただきたいと思います。
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